村社会からの脱却 いちぬけたっ!

子供のころの体育の授業はみんなで整列して、体操して、同じ距離を走った。
運動が苦手な私も長距離を走らされて、死にそうになりながらも「みんなやらないといけない」という罪悪感から逃れられなかった。
(あの時はエホバの子が羨ましかったな)
ランドセルって義務じゃないのになぜかみんな持っていた。
中学・高校ではダサい制服を着て、靴下の色や長さ、カバン、靴、髪の色や長さが決められていた。

そういった学校教育によって、日本の村社会精神が形成されていく。
その集団とは異なる見た目、異なる意見、異なる環境を持つ人間を徹底的に排除する。
日本の異常なまでの自殺者やイジメ、パワハラの多さって、そういう村教育に起因するんじゃないかな。

同質の中で生きていく安堵感。
異質なモノに対する拒否感。
保身のために他者を攻撃し、
村人からの評価を気にしすぎる。

日本人特有の精神と思えるものに「私も経験したんだから、あなたも耐えるべき」という言い分がある。
例えば、私は入社当時にお茶汲みをさせられていた。
お局様に言わせれば「私もやっていた」と。
もう西暦2000年なんですけど?私大学院卒業したんですけど?って感じ。
完全に思考停止している人たち。
これも「同質均質な社会」形成には必要な儀式なのかもしれない。
それを拒否した瞬間から攻撃が始まる。
そして村人たちの目を気にする人々が加わっていく。

今の会社には理由の無いルールが氾濫している。
なぜその書類が必要なのか?
なぜ印鑑が必要なのか?
廃棄物や倫理など、法定よりも過剰に縛り付けるルールが多い。
しかし、それを忠実に守る人 = 会社の役に立つ人 (村人) なのである。
言わば学生時代の「無意味な校則」と同じであり、これも思考停止を植えつける。
一つ一つの無意味な仕事をこなすことで、達成感に包まれて安堵する。
また、それを守らない人や変えようとする人 = 異質なモノ をあぶりだすための道具にもなりうる。

もうひとつあぶりだしの「踏み絵」になるのが、私の経験した企業留学。
留学とは言え、研究留学なので授業料等の出費は無い。
研究費は留学先の教授がすべてまかなってくれた。
会社からはその期間中の給料の支払いと渡航費、住宅費等。
そして帰国後はつまらない仕事を押し付けて、嫌味のシャワーで嫌がらせを始める。
洗礼だ。
ここで反抗してくるようなら「キミ、留学行かせて貰ったでしょう?」とザイアクカン印籠を出す。ドヤッ
感謝乞食や奴隷制度とも言う。

気持ち悪い。
この社会は病んでいる。
だから日本の企業は効率が悪くて生産性が低いのだろう。




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by poppo1220 | 2018-02-02 17:59 | 嫌なこと | Comments(0)